数値解析 第15回 (3) 実対称行列の直交行列による対角化
直交行列
実対称行列の対角化に必要な直交行列に関する基礎知識をまとめておきます。
Def.9 $({}^tP)P=E$ ( $E$ は単位行列 ) を満たす実数成分の正方行列を 直交行列 と呼ぶ。
Th.10 次はいずれも $P$ が直交行列であることと同値である:
- $({}^tP)P=E.$
- $P({}^tP)=E.$
- $P^{-1} = {}^tP.$
- $P$ の列ベクトルたちは正規直交基底をなす。
- $P$ の行ベクトルたちも正規直交基底をなす。
正規直交基底とは、次元と同じ個数の、互いに直交する長さ 1 のベクトルたちのことです。
証明を折りたたむ
(1) $\Leftrightarrow$ (3) $\Leftrightarrow$ (2) はすぐわかります。
$({}^tP)P$ の $(i,j)$-成分は $P$ の第 $i$ 列と第 $j$ 列の内積ですから (1) $\Leftrightarrow$ (4).
同様に $P({}^tP)$ の $(i,j)$-成分は $P$ の第 $i$ 行と第 $j$ 行の内積ですから (2) $\Leftrightarrow$ (5) が言えます。
(証明終)
Prop.11 (1) 直交行列の積も直交行列である。
(2) 直交行列の逆行列も直交行列である。
(3) 直交行列の行列式は $\pm 1$ である。
証明を折りたたむ
(1) $({}^tP)P=({}^tQ)Q=E$ であれば
${}^t(PQ)PQ=({}^tQ)({}^tP)PQ=({}^tQ)EQ=({}^tQ)Q=E$.
(2)
Prop.4,
Th.10 (2) より
$({}^t({}^tP))({}^tP)=P({}^tP)=E$.
(3) $1=\det(E)=\det(({}^tP)P)=\det({}^tP)\det(P)=\det(P)^2$ ゆえ。(証明終)
Def.12 次の形の行列 $R(p,q;\theta)$ は、
$n$ 次元座標 $(x_1,x_2,\cdots,x_n)$ のうち、$x_p$ と $x_q$ に関する角 $\theta$ の回転を表す。
$$
R(p,q;\theta)=
\mat{ccccc}{
& \vdots && \vdots & \\
\cdots & \cos\theta & \cdots & -\sin\theta & \cdots \\
& \vdots && \vdots & \\
\cdots & \sin\theta & \cdots & \cos\theta & \cdots \\
& \vdots && \vdots & \\}
$$
ただし、$\cos\theta$ は $(p,p)$-成分と $(q,q)$-成分、
$-\sin\theta$ は $(p,q)$-成分、
$\sin\theta$ は $(q,p)$-成分で、
これ以外の成分は単位行列に同じとする。
Prop.13 $R(p,q;\theta)$ は直交行列である。
$\because$
Rem.5 と同じく、角 $\theta$ の回転の逆変換は角 $-\theta$ の回転ゆえ、
$R(p,q;\theta)^{-1}=R(p,q;-\theta)= {}^tR(p,q;\theta).$
Th.14
直交行列はいくつかの $R(p,q;\theta)$ の形の行列と、
$n$ 番目の座標に関する対称変換の行列
$$\mat{cccc}{1 \\ & \ddots \\ && 1 \\ &&& \pm 1}$$
の積として表すことができる。
証明を折りたたむ
行列のサイズ $n$ についての帰納法で示します。
- $n=1$ のときは行列と言っても実数と同じですから $x^2=1$ $\Leftrightarrow$ $x=\pm 1$.
- Th.10 (4) より直交行列 $P$ の第1列ベクトル $\vvv_1$ は長さが 1 ですから、
$R(i-1,i;\theta)$ の形の行列で $\vvv_1$ を回転させてゆけば
$x_1$ 方向の単位ベクトル に写すことができます。
$\exists\,\theta_1,\,\theta_2,\,\cdots,\,\theta_n \mbox{ such that }$
$\require{color}
R(1,2;\theta_2)R(2,3;\theta_3)\cdots R(n-1,n;\theta_n)P
=\dps{\mat{cccc}{
\textcolor{red}{1} & \cdots & \cdots \\
\textcolor{red}{0} & \cdots & \cdots \\
\textcolor{red}{\vdots} & \\
\textcolor{red}{0} & \cdots & \cdots }}.$
Prop.11,13 よりこの行列も直交行列であり、
Th.10 (5) からその第1行ベクトルも長さ 1 なので
右辺 $=\dps{\mat{cccc}{
\textcolor{red}{1} & \textcolor{red}{0} & \textcolor{red}{\cdots} & \textcolor{red}{0} \\
\textcolor{red}{0} & & \\
\textcolor{red}{\vdots} & & Q \\
\textcolor{red}{0} & & }}$
の形になることがわかります。
$Q$ の部分はサイズが $n-1$ の直交行列であり、帰納法の仮定が適用できます。(証明終)
実対称行列の対角化
Th.15
任意の実対称行列 $A$ はある直交行列 $P$ によって対角化することができる。
すなわち、$P^{-1}AP={}^t PAP$ が対角行列となるようなる直交行列 $P$ が必ず存在する。
証明は長くなりますので省略します。
( 例えば東京電機大学の
「ベクトルと行列」サポートページ 内、
第6章に関する補足
対称行列の直交行列による対角化 を参照 )
Rem.16 Th.14 の証明を読めば、
実対称行列を対角化する直交行列は $R(i,j;\theta)$ の形の行列の積で良いことがわかります。
実対称行列の使いどころ
$xy$-平面の曲線 $C:\ 4x^2+2\sqrt{3}xy+2y^2=1$ はどんな図形であるかを調べましょう。
左辺は実対称行列を用いて次のように書くことができます。
$4x^2+2\sqrt{3}xy+2y^2=(x\ \ y) \mat{cc}{4 & \sqrt{3} \\ \sqrt{3} & 2} \mat{c}{x \\ y}$
Ex.8 に見たように、
$\dps{
R\left(\frac{\pi}{6}\right)^{-1}\mat{cc}{4 & \sqrt{3} \\ \sqrt{3} & 2}R\left(\frac{\pi}{6}\right) = \mat{cc}{5 & 0 \\ 0 & 1}
}$
ですから、座標軸を $\pi/6$ 回転させて
$\dps{\mat{c}{x \\ y} = R\left(\frac{\pi}{6}\right) \mat{c}{X \\ Y}}$
とおくと
\begin{align}
(x\ \ y) \mat{cc}{4 & \sqrt{3} \\ \sqrt{3} & 2} \mat{c}{x \\ y}
&= (X\ \ Y)R\left(-\frac{\pi}{6}\right) \mat{cc}{4 & \sqrt{3} \\ \sqrt{3} & 2} R\left(\frac{\pi}{6}\right) \mat{c}{X \\ Y} \\
&= (X\ \ Y)\mat{cc}{5 & 0 \\ 0 & 1}\mat{c}{X \\ Y} \\
&= 5X^2+Y^2\\
\end{align}
となり、$4x^2+2\sqrt{3}xy+2y^2=1$ という図形は $XY$-平面では $5X^2+Y^2=1$ という楕円に相当します。
座標軸は回転で変換 しましたので、$C$ は $5X^2+Y^2=1$ を回転させた楕円であることがわかりました。
そして一般に $n$変数の2次式でも同じことができる訳です。