重さ2,素数レベル $q$ の一変数保型形式の空間 $M_2(\Gamma_0(q))$ は
有理数体上の四元数環から構成することができる。
すなわち,$q$ と無限素点で分岐する有理数体上の四元数環において,
ひとつの極大整環 $\cal O$ の左 $\cal O$-イデアル類の代表を ${\cal I}_1$, $\cdots$, ${\cal I}_H$ とすれば,
(${\cal I}_i)^{-1} {\cal Ⅰ}_j$ で定められる格子のノルム形式(階数4の整数係数二次形式になる)の
テータ級数 $\theta_{ij}$ たち ( $i,j = 1, \cdots, H$ ) が
$M_2(\Gamma_0(q))$ を生成することが知られている。
本研究では,パイザー・土方のアルゴリズムに従ってこのテータ級数を数値計算し,
従来の例を遥かに越える計算例を与えた。
その結果,次の3つの大きな成果を得た:
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レベル $q=67$ においては $\theta_{ij}$ たちが非自明な一次従属関係を持ち,
このことがカスプ形式の空間 $S_2(\Gamma_0(q))$ のヘッケ加群としての既約分解を理由付けていることが知られていた。
これが知られている唯一の例であったが,
筆者はこのような非自明な一次従属関係を更に数百例発見し,
$S_2(\Gamma_0(q))$ のヘッケ加群としての既約分解のかなりの部分がテータ級数から説明できることを観察した。
(二次形式の分野では,この非自明な一次従属関係式のひとつひとつが1個の定理に相当するとも言える。)
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50年間にわたって未解決であった 「ヘッケの予想」 がレベル 307 では成立しないことを発見した。
「ヘッケの予想」 とは 『 ある番号 $i$ を選べば,
$M_2(\Gamma_0(q))$ は
$\theta_{ij}$ たち ( $i,j = 1, \cdots, H$ ) だけで生成できる』
ことを主張するものであった。
ところが,レベル 307 には4個の一次因子があり,
どの番号 $i$ を選んでも $\theta_{ij}$ たち ( $i,j = 1, \cdots, H$ ) の生成する部分空間が
いずれかの一次因子を欠くため,予想が成り立たない。
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階数4の非同値な整数係数二次形式で同じテータ級数を持つ例をレベル 151 で発見した。
二次形式の研究者たちがそれを目的として探していた例が,保型形式の数値実験中に発見されたという意味でインパクトのある出来事であった。
[参考 p.14, 下から4行目から]