枝雀さん   ― 塩田研一覚書帳 ―


枝雀さんとの出会い

 高校3年の終わり。もう2月だったと思います。 受験対策で既に授業は終わっていたのですが、学校でみんなと自習しようと登校していました。 そうしたらその日、枝雀さんが来られるというのです。 年に1回の講演会は去年までは普通のお堅いお話だったのに、今年に限って落語だなんて。 自習そっちのけで聴きにいきました。 お弟子さんを一人連れて来られていたのは雀々さんではなかったかと思います。 どの噺をしてくださったのか残念ながら記憶に残っていないのですけれど、 じかに枝雀さんを拝見したのはこのとき限りです。

眉間の皺

 『枝雀寄席』、『なにわの源蔵事件帳』ほか、テレビはよく拝見しました。 あのにこやかなまあるいお顔は、眉間の皺を伸ばすように伸ばすように意識して作っているのだと。 それは今はまだ偽物の顔かもしれないけれどいつか本物になるのではないか、そう話される枝雀さんが大好きでした。

落語国の住人達

 枝雀さんは落語国の住人達をこよなく愛しておられました。

 『仔猫』の主人公おなべさん。 田舎から出てきて商家に奉公することになりましたが、 言葉はけったいやし、顔は金太郎さんみたい。 でも男衆 ( おとこし )さんたちより力持ちで、 陰日向無く気持ちよく働き、恩着せがましいことは何ひとつ言わない。 嫁にするならおなべにする、と言う番頭さんの気持ちはそのまま枝雀さんの気持ちなのでしょう。

 『貧乏神』の、お人よしの貧乏神。 取り憑いた男があまりにも甲斐性無しなので、楊枝削りや洗濯の内職をする羽目に。 しかし、それではその男の為にならないからと、 「硬うちべとうならんように気ぃ付けや」と言い残して家を出てゆきます。 男の方も自分の情けなさを重々承知していて、せめて行き先を世話さしてくれというのが餞別代り。

 『住吉駕籠』の酔っ払い。 毎晩毎晩酔って帰っては、手を上げたことも何遍もあるのに、 亭主が帰ってくるまで御膳もよばれず待っているおかみさん。 先食べとけっちゅうのに、「私のたった一つの楽しみまでうばわんとってください」ちゅうて待っとおんねん。 酔うた勢いで駕籠屋にそう話して聞かせて、罪滅ぼしをしているつもり。

 『阿弥陀池』。 女房の弟を強盗に殺されたと、嘘を聞かされて慟哭するお兄さん。 「よしこー、堪忍せーい。義兄は今まで知らなんだー。 お前はすでに、この世の者ではなかったのかー。」 こんな誠実なお兄さんに何ちゅう嘘つくねん。

 『はてなの茶碗』。 親孝行したいばかりに一か八かの勝負に出た油屋さん。 遊びが過ぎて勘当を食らって3年。 わて、親父の遅いときの子だんねん。 そろそろ何か手土産を持って親の顔を見に帰りたい、思て。 当てが外れた油屋さんに、「3年間、汗水たらして働いたというのが何よりの手土産」と諭す茶金さん ...

究極の落語

 枝雀さんがよくおっしゃっていた究極の落語は、 30分なら30分、何もしゃべらずに高座にただ座っているだけというもの。 今日は何のお噺が聞けるのだろう。 『雨乞い源兵衛』が聞きたいなあ。 『幽霊の辻』でぞっとしてみるのもいいかも。 『鴻池の犬』のワンちゃんに会うのもいいなあ。 そう考えるだけでわくわくして自然に笑いがこぼれてきて、それで満足してお客様はお帰りになる。 枝雀さんなら本当に可能だったかもしれません。

 授業もそんな風にできたらいいでしょうね。 今日は何々のお勉強をします、と予告しておくと、学生が自主的に予習をしてきて、先生はただ教卓に座っているだけ。 今日は頑張ってこんなこともあんなことも予習してきたぞ、 先生はどんな質問を用意してきたのかな、と考えることでより知識が身に付いて、 「今日はいいお勉強ができましたね」で終わる。そんな風に。

戻る