塩田研一 民俗学の基礎知識

立春は冬

 「立春」と言えば必ず「暦の上では春」という表現が使われ、 「立春は春の始まり」と思っている人が非常に多いですね。
 「二十四節気の成立した中国は日本と季節の巡り方が違うから」
という説明もありますが、大寒の直後が立春であることから考えて恐らく間違いだと思います。
 「立つ」という言葉の意味をよく考えてみましょう。
 「一日」を「ついたち」と読むのは、陰暦で一日が「月立つ日」だからですが、 一日の月は新月でほとんどその姿は見えません。 月はこの日に生まれて半月を掛けて成長し十五夜に満月を迎えるのです。
 「立つ」とは、生まれる、初めて気配が感じられる、といった意味で、 立春は春が生まれる日、春が生まれたのでこれ以上はもう寒くならない、という日です。 言い換えれば、寒さの峠・冬の峠をようやく越えた頃が立春なのです。

「みこし」は神輿

 日本に普及している仮名漢字変換システムの多くが 「みこし」の変換候補として「御輿」を第一にしているらしく、 「神輿」を「御輿」と誤って表記している文献が多くなりました。
 祭の日、神様は氏子が皆安泰に暮らしているかどうかを確かめるために渡御にお出ましになります。 その神様の乗り物である「みこし」は、 音読みでは「しんよ」と言い、 漢字では「神輿」と書くのが正しい表記です (活字を拾っていた時代の文献はみな「神輿」です)。
 人を担ぎ挙げてなんかやっちゃおうというのは「御輿かつぎ」で、 お神輿を担ぐ人は「神輿かつぎ」。 お神輿は「御神輿」であって、「御御輿」だとどうも変ではありませんか。

(お便りを頂きました。 布団太鼓や太鼓台など、お神輿とは違う輿を「御輿」と書く地域があり、 そこでは逆に「御輿」のことを「神輿」と表記されて困っている、 ということもあるそうです。)

成人の日は15日

 西暦2000年から成人の日が1月第2月曜日に変えられてしまいました。 土日とつなげれば庶民がレジャーに金を使い経済が持ち直すだろうという、 実に訳の分からない理由で。

 成人の日が1月15日なのは、 一年の最初の祀りの日に若衆入りの儀式をする地域が多く、 その祀りの本日が15日だったからです。
 祀りは、もちろん暦が成立する以前から行なわれていて、 その祀りの日は月の形によって決められていました。 太陽は毎日まん丸ですが(というか眩しくて見えませんが)、 月は29~30日周期で形を変えます。 半月の7~8日が祀りの準備を始める目安で、 一番分かりやすい満月の十五夜が祀りの本日、 というのが基本的な日程です。 今では15日は小正月と呼ばれて元旦より扱いが軽くなっていますが、 本来は15日こそ「第一の月」であった訳です。 一週間が7日なのも、 1、8、15、23日に月が新月、半月、満月、半月になることが理由です。

盆と正月

 「盆と正月が一遍に来た」という言い回しがあります。 お盆を旧でやると8月15日と1月1日なのでイメージがつかめませんが、 陰暦1月の満月と陰暦7月の満月が半年ごとの大きな祀りであって、 その両方と考えてください。

 お盆にはご先祖が帰ってくるが、正月は帰ってこない、 と思っている人は考えを改めましょう。 先祖も精霊も、太陽も月も、人間の力を越えた存在は全て祀りの対象です。 それらを祀ることによって、先人の知恵を思い出し、また自然の脅威を思い出し、 そうすることによって人々は知恵をバックアップして生き延びてきたのです。 祭りをしない民族は生命力が弱くて全て滅びてしまった、 というのが世界じゅうで祭りが行なわれている理由ではないでしょうか。

茅の輪

 茅の輪、チガヤを輪にしてこれをくぐる行事が全国的に分布しています。 土佐では「輪抜け」と呼んで6月30日の行事(陰暦6月15日のところもある)、 近江の蒲生郡から甲賀郡では「水無月祭り」と呼んで7月31日の行事になっていますが、 大晦日に行なう所も沢山あります。 これは上記の「盆と正月」と同じ発想で、 大晦日と陰暦6月の晦日という半年ごとの区切りに、 穢れを祓いましょうという行事です。

「とんど」と盆の火祭り

 話の展開でもうおわかりと思いますが、 小正月のとんど(どんど、左義長とも言う)の行事と お盆の火祭りは同じ発想の祭りで、 半年ごとの大きな祀りに神様に火を捧げるものです。 さらに近江の湖東地方では4月15日前後に松明(たいまつ)祭をするところが多く、 これは正月とお盆の中間の3か月ごとの祭りということになります。

生きている兎は1匹2匹?

 「兎は1羽2羽と数えるものだ」
と教えられたもののどうも納得がいかない、 という人は多いのではないでしょうか。 馬肉がサクラ、猪肉がボタン、鶏肉がカシワと呼ばれるのは、 四つ足を食べることを忌んでいた時代に、
 「これは獣の肉やないよ」
と言って食していたからだと思うのですが、 兎を1羽2羽と数えるのも
 「ほら羽根が生えてるでしょ。これは鳥なの。」
ということなのではないでしょうか。 生きている間は1匹2匹で、食べようと思って捕まえると1羽2羽になる。 それが正しいように思います。

 ちなみに、江戸時代でも彦根藩(井伊家)では牛肉の味噌漬けを作って 各大名への贈り物にしていたそうです。

(広島のN.S.さんからお便りを頂きました。
 兎の猟法として、ウサギ網というはり網を固定しておいて それに向かって大勢で追い立てて捉えるという方法があり、 兎を1羽2羽と数えるのはその猟法が鳥に似ているから、 という説があるそうです。 '99.2.17)

亥の子・十日夜

 亥の子あるいは十日夜(とうかんや)と呼ばれる行事は、 秋の収穫が終わった後に藁棒や石で地面をぶっ叩く行事で、 今でも日本の各地で広く行なわれています。
 日にちは本来、陰暦10月の亥の日か陰暦10月10日、 最近は新暦の11月や土日にずらしてやっているところもあり、 一度だけのところ、亥の日は全てやるところなど様々です。
 藁棒は藁を束ねて紐でしばり丸い把手をつけて、 片手で把手を握って勢いよく回して地面を叩きます。 石の場合は、石に何本も綱をつないで全員がその綱を持ち、 唄に合わせてリズムを取って石を上下に振って打ちます。
 もぐら打ちとも呼ばれ、もぐらを追い出すのだとか、 大地の力を復活させる為だとか、色々ないわれがあるようですが、 だんだんと寒くなる時期に力いっぱい地面を叩いて回るのが 健康に良いのは間違いありません。

 多くは子供が主役で、神様のお遣いとして行事を行なったご褒美にお菓子や お小遣いをもらうのですが、 明治以降そういうことが「乞食のようだ」と言って教育者が やめさせてしまった地域も多いと聞きます。

 亥の子搗きの唄も興味深く、
 「亥の子のよさり 餅搗かんもんは
  鬼産め 蛇(じゃ)産め」
という唄が驚くほど広範囲に分布していたり、 伊予では工夫された数え唄が唄われたりしています。

縁日

 月の何日は何々さまの縁日、 ということを覚えておくと祭りの日程を覚えるのに役立ちます。
  • 8日:お釈迦さま
  • 13日:虚空蔵さま
  • 15日:八幡さま
  • 18日(十七夜):観音さま
  • 21日:弘法さん
  • 22日:大黒(大国)さま
  • 24日:お地蔵さま
  • 25日:天神さん
  • 28日:お不動さま

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