羊羮屋さんの子と不思議な縁があった話

 鳥追い、戸祝い、キツネガエリ、粥釣り...

名前は地方地方で色々呼ばれていますが、みんな 小正月に子供が神様の代理として家々を門付けしてまわる行事です。 学問的に言うと「正月の来訪神」という範疇に入るもので、 秋田県男鹿地方の「ナマハゲ」などと同類のものです。

 昭和59年、京都新聞社の「京都滋賀子どもの祭り」という本を買って 初めて「戸祝い」という行事を知りました。 滋賀県では唯一、朽木村という村で行われている、と。 ユルダの棒を手にした子供達が 祝い歌を歌いながら家々の戸口を叩いてまわり、 集落をまわり終わる頃には御褒美にもらったお菓子が山のようになる。 そんな行事だと書いてあります。

  ―― 子供に神様の役をしてもらって御褒美にお菓子をあげる ――

その事がとてつもなく気に入って一度見てみたいと思ったのですが、 朽木村はあまりに遠く、 そのうちに高知へ移ってますます朽木村は遠くなってしまいました。

 平成6年。戸祝いを知って10年目にしてようやく片想いのかなう日が来ました。 実家大津から車を走らせ鯖街道を一路北へ。 比叡山の裏、葛川坊村の土産物屋に休憩に入り、目に入ったのは

 『栃の実羊羮』

普段「土産は写真で十分」と言っている私が何故か栃の実羊羮を買っています。

 朽木村岩瀬に到着。表に出ているお母さんと男の子。

 「何時からですか?」
 「7時に、東のお宮さんから出発です。」

 闇が集落を覆い尽くし、このまま全ての音が消えてしまうかと思われる頃、 思子渕神社の社務所に子供達が集まって来ました。 さっきの男の子は4年生のゆうき君、家はお菓子屋さんだそうです。 全員が揃うのを待って防寒具に身を包んで子供達は表へ。

 『 戸祝いましょう
   門には門倉
   瀬戸には瀬戸倉
   中には不動の宝物 ...』

時折小雪の舞う中、 小さい子もお母さんに手を引かれて一軒一軒くまなくまわります。 どの家も沢山お菓子を用意して子供達が来るのを待ってくれています。

 まさかとは思ったから聞かなかったのですが、 帰ってから「栃の実羊羮」の箱を見たら 本当にゆうき君の家で作ったものだったんですよね、これが。

 不思議な縁はまだ続きます。
 母が友人と平安神宮へ菖蒲を見にいった帰り 何気なく立ち寄ったクッキー屋さんに、 朽木村のよもぎクッキーが置いてあります。 話すうちにこのクッキー屋さんの御主人は ゆうき君の叔父さんだということがわかって...

 司馬遼太郎さんの「街道を行く」がこの岩瀬から出発しているということも 言い添えておきましょう。 おちぶれた足利将軍が一時期身を隠していたというお寺は集落の南端。 司馬遼さんが来られたときに境内で遊んでいた子供達も みんな戸祝いを経て大人になっているはずです。

参考文献:京都滋賀子どもの祭り(京都新聞社)、1984.

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